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私が「海外ビジネス武者修行プログラム」を通して学んだこと⑵ チームビルディングの難しさ

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こんにちは!かじです。
今回は約1年前に参加していた海外ビジネス武者修行プログラムで最終的に何を学びとしたかについて。
 
当時私は語学学校のプロモーションチームでした。チームとしての目的は語学学校に入学するベトナム人の子供の集客をすることでした。
 
この2週間を経て学びとして3つ
 
  • 新興国ベトナムでビジネスすることの難しさ・面白さを知る
  • チームビルディングの難しさを知る
  • ビジネススキル・マインドについて知る
 
もちろん他にも学びはありますがこの3つの中に集約させていきます。
 
今回はこの中で、 「チームビルディングの難しさ」について詳しく掘り下げる!
 
要旨としては
  • 人の心を動かすには論理と感情の両方が必要
  • 本音で相手とぶつかり合うことを恐れない
  • 「タスクベース」から「関係ベース」へ
  • 自分の弱みを出す
 
全ての学びは何処かで関連しているので多少かぶります。
あとなにせ1年前と今抱くことは違くなってしまうのは当然なのでまあそこは...お許しを
 

 

 
 
 

人の心を動かすには論理と感情の両方が必要!

 
一般論として
 
人の心を動かすには
  •  ロジカルシンキング
  • エモーショナルシンキング
 の両方が必要です。
 
例えば何か企画を立案する際にロジカルな説明だけをしても、理屈で「納得」しても感情が動かされないから「納得」できない。
 
逆にエモーショナルに感情や勢いでいわれても、その考えの根拠となる合理的な説明がないから「納得」できない。
 
もっと別の解釈を自分の中で作ってみました。
 
 

エモーショナルとロジカルって?

例を考えてみます。
 
A「こういうのするとベトナムの語学学校の親には受けると思うんだけどどう?」
B(エモーショナル)「(私は〇〇と感じるから)いい/悪いと思うよ。」
B(ロジカル)「(こういう事実があるから)いい/悪いと思うよ」
 
自分が思っている感情を加工せずにアウトプットするのがエモーショナルシンキングで、たとえ感情的にある思いがあっても表面的にアウトプットするときは何か事実に紐づけるのがロジカルシンキング?
 
別の例としては
自己PR書・志望理由書を書く際にはこれはわかれそうだと思いました。
 
エモーショナル:熱意をベースに伝える
ロジカル:過去の経験など事実をベースに伝える
 
どちらにも長所・短所があり、エモーショナルな側面が強い場合は、書類ならなおさら書き手の感情が文字でしか見えない為、受け手にとっては「うすっぺらないな」という印象を抱くと思われます。極端な話、熱意はごまかせますからね。
 
一方でロジカルな側面が強い場合は、動機に対する納得性は増すけど、何か「冷めている」印象を抱くのではないでしょうか?自分を伝えることに関しても両方が必要なことがわかります。
 
 

論理で人の心は動かせない

このエモーショナルな部分を表に出すことができていなかった。それが前半でした。
 

 
 
2週間の中の4日目、ベトナムで実践したプランを発表する中間プレゼンが終わった後のチーム面談。
 
チームの一人に、「このチームにいることが辛い」っていわれたこと&ファシリテーターという外から見てもそう思われていたこと。
 
聞いたときはまあびっくりした気がします。全く気付けていなかったからですかね。
なんだろう?まえに彼女にフラれたときの記憶がフラッシュバックしたような。過去の小さな綻びが積みに積み重なって爆発してあふれだした思いって前もあったなって。
 
一つ鮮明に覚えて分かりやすい出来事は中間プレゼン前のパワポ作り・及び準備ですかね。
 
私から見てもチームっていうよりも個人が3人集まったかんじでした。チーム作業において個人作業の瞬間が生まれるのは必然だけど、対話を0をしてしまった。
 
そしてファシリテーターにいわれた「ロジカルの世界とエモーショナルな世界」
プレゼン準備よりもずっと前からコミュニケーションにおいて綻びがあったということですね。
 
サクッというと、私はロジカルな世界の人間で、チームメンバーはエモーショナルな世界の人間。ベトナムでしようとするビジネスを考えるとき、コミュニケーションのすべて自分が見えている世界とは別のところから物事を見ていたり語ったりするようなものだろうか
 
正直にいうとエモーショナルな世界とかロジカルな世界とか実体の見えない抽象論は大嫌いなので、上に書いたように例の中におとしていきます。

 

 

こういうのするとベトナムの語学学校の親にはウケると思うんだけどどう?

 

 

(私は〇〇と感じるから)いい/悪いと思うよ。

 

でも(こういう事実があるから)上手くいかないんじゃないかな?

 

 

(理屈はわかるけど...なんかちがう...)

 

 

私は論理的じゃないなと考えるときに無意識に他人を否定してしまったことがあった気がします。違うと言うことは間違っていないですが、ロジックで否定というんですかね?
 
そしてその伝え方が理屈だったからこそ人の心を動かさなかったし、自分の思いってのが1重ないしは2重の糸の壁を身に纏った伝え方の中で見えなくなっていたのでしょう
 
ロジカルの世界とエモーショナルの世界のお互いの歩みより大事ってのはわかるんですが、エモーショナルへの歩み寄りとか漠然過ぎて意味不明です。
 
だから私は
エモーショナルの歩み寄りができていないってつまり「本音で話せていない」ってこと?
と解釈しました。糸の壁を取った伝え方にするということ
 
  • 「これはいい」「これはやだ」「これは違う」など意見を伝えられていなかった
  • 本音で言い合える環境をつくれなかった
 
これが足りなかったんだと理解しました。
 
 

本音で相手とぶつかり合うことを恐れない

本気になるために
 
2週間の中の日記から抜粋

 考えていることをためらって言わないとかいうのは正直言ってまったくないんだけど、思ったことを口に出すまでいろいろ考えすぎる傾向にある。もっと思った瞬間に口にして口にしてアウトプットしまくったときに変態するし充実するでしょうね。

 

思いを口にすることに関する自分の弱み

「思っていることを口に出す」「本音をぶつける」ということに関して、自分自身が感じている自分の悪いところは、
 
  • 思ったことを口に出すまでいろいろ考えすぎて適切な伝え方をさぐってしまう
  • 無意識に思うってことをしない
 
1つ目に関しては、ヒトは何か頭に浮かびましたとなったとき、最初に伝えるべきか伝えないべきか迷います。そしてどう伝えるべきか無難な言い方にすべきかいなかと迷います。私は後半にふれた迷う時間が長いように思います。きっと無意識にロジカルにまとめようとしてるんでしょうか。それ自体は悪くないんですけどね
 
2つ目に関しては、この話とあまり関係ないですが、「思う」ってことをまずいないってこと。いいかえると、疑問を抱かない、疑問を抱くという思考プロセスに至る前で無意識にシャットアウトするような悩みで、文章では全く伝わっている気がしません。
 
最近国会議員が使い流行っている「忖度」なるものを自分でも気づかないうちに無意識にしているように思います。上下関係など何か伝えることを制限された世界でたくさんいきていると生まれやすいのかな
 
 

相手と本気でぶつかるのは?

「本音を伝える」ということでは、まあサクッというと嫌われてもいいやという思いの元自分の思ったことをいってみたり、相手の思っていることに違和感があれば嫌われるの覚悟で「いいやなんか違う。〇〇で〇〇にような...(以下略)」言ってみたり。以後意識しました。
 
後日談としてですが、実際初日2日目の段階でかなり嫌われていたと知ったのでちょっと複雑な気持ち(笑)
 
 

いかに日常生活で実践できるか

はっきりこの武者修行の場で本音をいうなんてぶっちゃけ簡単でしょう。
一番大事なのは、これを日常の中で生かせるかということ。もしくはこれから先のビジネスの世界に飛び込んだ時に生かせるかということ
 
「本音をいいましょう」という環境で本音を言えるのは当たり前で、「本音をいうべきではない」とされる世界でいうのは最高に難易度高め。
 
日常生活において、初対面程度で「私のことどう思いますか?」といわれて、どこまで本音を言えるでしょうか?
 
「顔がアルパカみたい」「あっ宇宙人にも似てる。アルパカと宇宙人混ぜた感じ」「絶対親に大切に育てられたおぼっちゃまでしょ」「メガネ黒髪で地味って感じ」と初対面か程度で、人がちょっといらってくるレベルで思ったことをくちにするアメリカ育ちの日本人留学生にタマサート留学中会いましたが、
 
どう考えてもこのレベルは日本人は無理。逆にここまで「本音でいえる」のは羨ましいな!最低限、思ったことを口にすることはこれからも心がけていきたいですね。
 
 
 

「タスクベース」から「関係ベース」に

この2週間の中でも悩んだことだし、この2週間のあとでも悩んだことです。
「タスクベース」「関係ベース」どっちも利点があり弱みがある。
 
普段友達と話すときってタスクも何もないから普通に接することが当たり前だし容易にできるんですけど、いざそれがフォーマルな場(学校のグループワーク、ミーティング、ビジネス、学生団体の運営、インターン)といったときにコミュニケーションってかなり変わってくると思うんです。
 
多くの学校の授業のグループワークは「タスクベース」。いわばグループワークのためだけに存在している関係。企業活動も「タスクベース」であることが多そうですね。タスクを中心とした作業の中で仲良くなればそれもよしといったような捉え方。
 
逆にプライベースな関係を構築する中で信頼関係が生まれ、お互いがタスクをするときにその信頼関係が生産性が高くするぜ!って考えに基づいているのが「関係ベース」といった形でしょうか?欧米系の企業に多い気がします。日本の接待は「関係ベース」というには違和感があるのでよくわからないです。
 
 

 

最初は「タスクベース」だった

ベトナム前に一度ビジネスプランを考えるためにスカイプミーティングをする必要があるのですが、この際は本当に「タスクベース」いわば学校の授業のグループワークに見受けられるような、知らない人たちと一緒のグループになってすごく微妙な距離感と雰囲気。
 
3人とも日本での地域が違うので対面で会うのは無理だったので仕方ないけど、このスカイプから入るのは全てにおいて「しんどいな」って感じていた記憶があります。
 
まあこれもプログラムにおける運営者側の意図しているところとすればうなずけるのですが、普段の中でこれはタブーだとは思います。
 
信頼関係がまったく0の状態だと「チームとしてやること」は「個人としてやること」になりがち。ベトナム入り数日前に最終計画書を提出するときもなかなか連絡等もあわず私が勝手にまとめたときは、仕方ないと割り切りつつなんだかやるせない気持ちになりました。
 
 

ベトナムにきてから数日は私は成果至上主義になっていたかも

以前のこのプログラムに参加した理由として何か結果を出すという経験をしたいと書いたように、成果を出すことで自信を付けたかったという思いが強かったです
 
ビジネスの観点から言うと成果を出すことが第一なので、一番最後の最終日を強く意識していたのは大切な事だったのですが、これはチームビルディングにおいては成果至上主義に陥っていて、チームビルディングの重要さを見失っていたようにも思います。
 
ダニエル・キム教授が提唱した組織の成功循環モデルを使って説明すると

成功する組織は
  1. お互いに尊重し、一緒に考える(関係の質)
  2. 気づきがある、面白い(思考の質)
  3. 自分で考え、自発的に行動する(行動の質)
  4. 成果が得られる(結果の質)
  5. 信頼関係が高まる(関係の質)
 
という循環を絶えず生み出します。
 
一方で私の思考は、まず結果に固執しすぎていて「成果を出すためにどうすればいいのか」にばかり目がいきがちでした。
 
この思考法だとキム教授は
  1. 成果が上がらない(結果の質)
  2. 対立、押しつけ、命令する(関係の質)
  3. 面白くない、受け身で聞くだけ(思考の質)
  4. 自発的・積極的に行動しない(行動の質)
  5. 関係が悪化する(関係の質)
 
 
実際に4日目に人間関係がバラバラだと分かりました。エモーショナル・ロジカルの話などありましたが、これは私の中に存在している根底にある原因なんかじゃないとは思います。
 
「成果を出すために」が頭の中を先行してしまったために、「成果」に直結しなさそうなものを無意識にきりすてていたのだろうし、ITベンチャー用語でいうならファクトベースでロジカルのみ焦点がいきがちだったのだと思います。
 
 
チーム面談以降もっとお互いのことを知ることを優先する「関係ベース」にチーム全員が眼を向けました。
 
5日目や6日目、お互いの恋愛の話になった夜の夕食の会はその典型例かな。ああ自分の恋愛の話がなさすぎて哀しい気持ちになりましたが、恋愛の話って誰もが共通の話題だし「人の価値観」が一番みえる話なそうな気がして、お互いを知れたようにさせてくれます。
 
5日目?6日目?3/1の私の日記より抜粋

 恋愛の話って盛り上げるよね。お互いの恋愛の話って打ち明けるとなかよくなるよね

とぼそっと書いていました(笑)
 
 

面談にて「関係ベース」「タスクベース」を巡る悩みをぶちあけ

この学びも「本音で語る」と同様に、日常生活に戻ってからの環境でもいかさないといけないことです。授業のグループワークだったりサークル運営だったりインターンだったり。
 
ベトナムにいる段階からファシリテーターとの面談にて、「ベトナムという環境、武者修行という環境だからできてるものもかなりあって、帰国後の生活において活かせるかどうか不安」といったような悩みを相談しました。
 
私の不安は、自分が所属しているキャリア団体の運営の話で、今回のように「関係ベース」と「タスクベース」との向き合い方をどうすればいいか
 
分かりやすい例を挙げます。
テニサーにおいて一つの目的なるものがあるなら「仲良くなる」です。タスクなんぞ存在しないし「関係ベース」の議論のくそもありません。
 
一方でキャリア系の団体とかならどうでしょう?キャリアイベントの運営に興味ある人だったり、そこには「友達を多く作る」といったようなテニサーを中心とする多くのサークルにはない目的があります。極論仲良くなくても誰もいやがらないし、運営がまわります(笑)
 
でも私はそんなの大嫌いなのでタスクが目的となり中心にまわっていても「関係ベース」でありつづけたい、でもそれは組織の肌に合うのか、ほかの人が思っていることとかい離していないかといったような悩みを話しました。
 
 
今回の記事の趣味は上記のことではないのでこれにて話を閉じますが、最高に難しいですね(笑)
 
でも「関係ベース」の方が楽しいし、もちろん状況にもよるけど今後インターン等でであうチームでは関係ベースでありたいなと思っています。
 
 
 

自分の弱さを見せること

最後はこの2週間のチームビルディングで感じたことというよりも、2週間同じタームのメンバーと話す中で感じたこと・事後研修にて感じたことです。
 
 

 関係を広げるのは得意・好きだけど、関係を深くするのに苦手意識

私自身は、広く浅い関係を構築するのは得意(=好き)で、深く狭い関係を構築するのは苦手という意識があります。
 
ほんとに深い関係を構築できていないかといわれると仲いい友達はいるしそうではないのかもしれませんが、苦手という’意識’があります。高校の友達と部活以外の人たちといま全く疎遠なのも、当時に表面的な関係だったからだな~なんて思うし、一種のコンプレックスです。
 
人と打ち解けるのは?
深い関係になるのは?
ってこの武者をきっかけで深く考えるようになりました。
 
そして一つのことがわかりました。
「自分の弱みを見せる」こと
 
 
 
別に「人と打ち解けるには弱みを見せることです」と誰かに表立って教わったわけではないんだけど、2週間ときに自分の弱みを見せることで仲良くなったということを考えると、自然と「自分の弱みを見せることの大切さ」についてわかります。
 
そして私は、タームメンバーに対して本当に自分の弱みを無意識にすぐだして自分をさらけ出せる人がほんと多くて驚くとともに羨ましくなりました。もちろん環境要因もでかいとは思いますが
 
はっきりいって私はあの2週間で自分の80~90%をだせたかといわれると全くないし、終わった後もこいつは何が好きで何が嫌いかいまだわからないと思われているという自覚はありました。
 
ただ終わった後も東京で会ううちに分かり合うことも生まれたり。でも機会がある・接する回数が多いほどその人を理解するのなんていわば当たり前で。
 
人と仲良くなるには「人に弱みを見せることだ」と意識的に理解するようになりました。何にも考えていないで過ごしていた昔と比べてすごい進歩。まあそれを無意識で、かつ初対面などどんな瞬間でもすぐ出せる人になりたいな。
 
 

まとめ

人間関係・ミュニケーションにこたえはありません。
永遠のテーマですね。
 
そして私に足りていないものってたくさんあるのも
このより良い人間関係の作り方であったり、よりよいコミュニケーションの仕方であったり
 
永遠のテーマですね
 
では本日はここまで!